原語から見える聖書のイメージ

心に納めて~古楽でG線上のアリアを聴きながら


夜通し羊を見ていなければならないのに、
急いで駆けつけてきた羊飼いたち

見つけ出した飼い葉おけの幼子について
天使が話してくれたことを夢中で話したでしょうね

「いや~生まれて初めて天使ちゅうかたを見たんだが、
光でまぶしくて、
それでもって、救い主がお生まれになったとおっしゃるんだ!
そしたらものすごい数の星みたいなのがあらわれて
大合唱を聴いたんだ

とにかく驚いて
みんなでベツレヘムまで赤子を探しに来たら
まさにこの子だとおもうよ」

下手な再現ドラマm(__)mなんですが、
自由にさせてください(笑)

夢中になって喋った様子をイメージしたくなりました

とにかく話題に飢えてる安宿
勅令で仕方なしに登録のためブツブツ言いながら
遠い道のりを来たんですから・・・

お産であつまった人々も
こりゃおもしれー話だ
羊飼いの連中のいうことも
たまにはイイこと言うじゃねえか!

ヨセフもうんうん頷きながら
喜んでいたんでしょうね
一度は離縁しようかと思い詰めた事情がありましたから

そんな喧噪にちかい目出度い雰囲気の中で
ふつうなら真っ先に母親がしゃべりますよね

いままでこらえてきた秘密が実は
ほんとのことだったんですから

そのマリアの様子がとても素敵だなと思いました

イエスの母マリアではありませんが
イメージとして心に納めるマリア
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フェルメール マリアとマルタの家のキリスト


ルカ2章19節
新共同訳
しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて
思い巡らしていた


συντηρέω シュンテーレオー 保護する (心に)秘めておく
συμβάλλω(またはσυν-) シュンバロー ②熟考する 

これなかなかできないことですよね
すぐしゃべりたがるのが普通

ましてやガブリエルも口止めしてないし。。

動詞に共通する接頭辞συνがきになりました

これはあちこちでよく出ますが
辞書によると

①共に、一緒に、同時に
②全く、完全に


あのガブリエルの言葉の意味に集中してたんでしょうか?
これからどうなるのか、嬉しいことなのか、または・・
母性本能の直観てありますよね、きっと。

完全に、共に

飼い葉おけなんてベッドで不憫に思っていたでしょうから、
救い主なんておべんちゃらに浮かれないで
小さな命を守ればいいんだ

そんな気がしました

心に浮かんだ音楽は


Air on the G String (Suite No. 3, BWV 1068) J. S. Bach,
original instruments

心に沈潜するとき
沈黙すべきとき
黙想するとき

この曲はどこかに誘ってくれますね


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# by yokohama-izumi-lc | 2017-06-26 03:21 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

ドグマ~シューベルトの鱒を聴きながら

地元でも東京都でも話題の選挙
民主主義が試される一票ですが、
あまり重く感じたことありません

でもこの方の一言は重いですね

ルカ2:1
そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。


δόγμα ドグマ 指令 勅令 命令 規定 戒律 掟

原語は勅令という立派な言葉なのに
ドグマのイメージ悪いですね

wikiみたら

ドグマ (dogma)

  • 宗教宗派における教義のこと。
  • 広義としては、上項から派生して「独断・偏見的な説や意見」、
  • 教条主義」を指すようになった」

いわゆる正統教義を確立する過程での負の歴史を感じました

政治も似てますね

独断と偏見なき、「見える化」の政治
そうでないと歩くドグマが仕切ってしまい
怖いですよね

宗教ならもっと恐ろしいかもしれません
異端審問などもドグマ化した一種の政治なんでしょうね

ドグマっていつでもありうるように思います
自分の中にもいつの間にか偏見独断がないか、
眼鏡をよく拭いてみます
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眼鏡といえばシューベルトのイメージが浮かびました

彼というとシューベルティアーデ
仲間との気さくな音楽の集まり

自由で遠慮のない空気を感じます
詩人の役割も大きいでしょうし、ドグマ因習から
解放される雰囲気感じます

とうわけで鱒を聴きたくなりました


F. Schubert: Trout quintet - 4. theme and variations

今井信子さん、ミッシャ・マイスキーなど楽しそうです
そうそう、鱒、鮎などおいしい季節ですね





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# by yokohama-izumi-lc | 2017-06-25 02:58 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

愛別離苦~ラクリモーサを聴きながら

最近出席した教会葬儀でのご遺族のご挨拶や
海老蔵さんの会見などをちらりとみて
ふと思いました

愛別離苦

愛する思いが深ければ深いほど、その苦しみも深い・・・

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今朝の紫陽花

その反対もあります

怨憎会苦

出会いたくない人にどうしても出会い
憎しみは増すばかり

あの四苦八苦のなかでこの二つが、そうだな~と
実感することが多いです

仏教も哲学だけあって実相をとてもよく
分析してくれるから
それだけでも、苦の淵源がわかって、楽になることはないけど、
そういうものかと、諦めがつきます

聖書でもどうかな?とふと思いました

なんとなく創世記の最初の1節がいつもとちがって
感じられてきました

口語訳

1:1はじめに神は天と地とを創造された。

ヘブライ語
בְּרֵאשִׁית, בָּרָא אֱלֹהִים, אֵת הַשָּׁמַיִם, וְאֵת הָאָרֶץ.
70人訳
1. ἐν ἀρχῇ ἐποίησεν θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν

οὐρανός ウラノスの複数形が天 
ヘブライ語 シャーマイム 複数
幾層にもなっているというユダヤ人の考え方だそうですね

地はゲー 単数形 ヘブライ語もエレツで単数

創造した、または作った
こういう始原の意味合いはいろいろあると思います

ヒエロニムス・ボス 「快楽の園 世界の創造」
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幾層にもある天という場所と、切り離されて
孤独な「地」が創られたと読んでみたくなりました

切り離されていることから、この地では
愛別離苦と怨憎会苦がともがらに生じる・・・

あの主の祈りの最初の一言が生まれる所以なのかなと

にいますわれらの父よ

深い苦しみを経験したひとほど、
沁みる言葉だと思います

でも残された「地」から「天」に呼びかけることが
できるとすればやはり福音なのかなと思います

「お父さん、元気でね」
教会葬儀でご遺族の方がお話されたご夫婦ならではの
別れの言葉を伺いましたが、天と地に別れても
それはしばしの間だけなのだなと感じました


モーツァルトの疾走する悲しみには
天から聴こえてくるような響きがありますよね

ラクリモーサ
Requiem K.626 - 8. Lacrimosa (chorus) - W. A. Mozart

途中で絶筆となるあたりの響きには
別れの苦しみがこれ以上もなく浄化されて
涙のように美しいですね











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# by yokohama-izumi-lc | 2017-06-24 03:43 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

膵臓のポスターをみて~ブルックナー交響曲第8番を聴く


ストレスがあると胃がキリキリしたり
やけ酒で胸やけがしたり
タバコ吸いすぎで咳に悩んだり

酒、たばこの趣味はないんですが、
内臓と心の在り方は密接ですね

駅歩いてたらこのポスターが印象に残りました
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「君の膵臓をたべたい」

思わずひぞうの書き方なぞりました
よく見たらスイゾウなんですね(笑)
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読んだことありませんが、映画化なんですね

サイトをみると

「北川は「タイトルのインパクトに驚きました」、
小栗は「原作の純粋さと儚さに心が潤されました」とコメントしている。
撮影は9月から10月にかけて行なわれ、公開は2017年夏予定。」

この原語と関係しそう・・?

σπλάγχνον スプランクノン 内臓(特に心臓、肺臓、肝臓、腎臓)
(それが感情の座とみなされていた) 心

この単語、イエスの深い憐みを表すところで
よく使われてますが、ザカリアの預言のところで出てきたので
あらためて・・

ルカ1章78節口語訳

神のあわれみ深いみこころによる。
また、そのあわれみによって、日の光が上からわたしたちに臨み、


新共同訳
これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、
高い所からあけぼのの光が我らを訪れ

憐みはエレオスで表されてますから、
口語訳では、内臓の奥からくるというニュアンスはあえて「深い」
というところで訳したようですね

新共同訳ではそのあたりが物足りない気がします


痛みの時間はとてつもなく長く感じるものですよね
ガンなどで、痛みのことを耳にします

それを言葉にしたらほんの2行でも・・

音楽はブルックナーの第8番ハ短調で
第一楽章コーダの強烈な「痛み」は
悲劇的というイメージを超えてより神的な気がします

チェリビダッケで
Bruckner Symphony No 8 Celibidache
Münchner Philharmoniker Live Tokyo 20 Oct

サントリーホールでの来日コンサート
ぼくは7番を聴きました
8番は残念ながらチケットが取れませんでした

禅に深い関心をもっているチェリビダッケの
東洋的ともいえる無時間的なテンポが素晴らしいと思います

痛みは途方もなく長いですが
最終楽章のコーダは

「高い所からあけぼのの光が我らを訪れ」
このイメージに結びつきました








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# by yokohama-izumi-lc | 2017-06-23 04:37 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

角~E・クラプトンのブルースを聴きながら

4つの福音書にそれぞれシンボルがありますが
なんとなく気にしてました
ルカ読んでるのでなんで牛なのかと
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キリスト教美術のうえでは視覚的な
シンボルは便利でしょうね

wikiには

「エゼキエルや黙示録から
四種類の生き物は、キリスト教の解釈において、
「人」は人間としてのキリストの誕生
「牛」は十字架における刑死における犠牲の動物、
「獅子」は復活におけるキリスト、
そして「鷲」は昇天におけるキリストであると解釈された。」

ヒエロニムスの解釈からユングまで
いろいろあってなるほどと思いました

この個所からその牛の連想を・・・

ルカ1:69

わたしたちのために救の
僕ダビデの家にお立てになった。


κέρας ケラス 角 (力の象徴)救いの角

日本では角というと👹なんかのイメージが刷り込まれてます
赤鬼青鬼など親しみ感じます

礼拝式文でよく「角」がでるのでいまだに違和感が・・(笑)

ぼくの想像ですがおそらく牧畜文化の世界ですので
実生活での牛の存在感が圧倒的だったのではないかと思います

ヘブライ語の最初の文字אアレフも
牛の角をかたどったと聞いたことあります

牛といえばゼウスが牛に変身してエウロパを
略奪しましたよね
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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ画『エウロパの誘拐』

エウロパ、しっかり角にしがみついてますね

チーズ、バター、牛乳、ステーキといろいろ
お世話になってるのですが・・
なんとなく牝牛のおかげのような

それはそれとして
音楽で牛というとなぜかこれが好きなんです

クラプトンの
Milkcow's Calf Blues

2曲目に入ってました

このアルバム全曲ノリと唸りがとてもいいですね
DVD持ってますが、お酒を飲みながらセッション楽しめます

とにかく牛はよく働きますね
お疲れモードにブルースがいいと思います

ブルースのブルはブルーからなんでしょうが、
Bull 牡牛のブルという気もしました





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# by yokohama-izumi-lc | 2017-06-22 03:46 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)



横浜駅東口青木橋の小さな教会の個人的感想です