原語から見える聖書のイメージ

歩きながら議論~Glenn Gould BWV 974 Adagio

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いつもの道の朝
傾いた日差しに秋を感じます


今日のパラグラフは「エマオで現れる」
ルカ24章13節から、
少し長いので適当な段落まで

エマオという地名と、クレオパという人物があらたに登場

受難のときのキレネ人シモンといい、
議員のヨセフといい、
女性たちといい、
視野がどんどん広がっていく感じがします


温かい井戸という意味だそうです
エルサレムから11キロ離れた村なんですね

24:13 口語訳
この日、ふたりの弟子が、エルサレムから七マイルばかり離れた
エマオという村へ行きながら、
24:14このいっさいの出来事について互に語り合っていた



お墓に突然現れたのも二人の男

ここも

二人だから、議論も互いにできるわけですが
二人に引っ掛かります

24:15
語り合い論じ合っていると、イエスご自身が近づいてきて、
彼らと一緒に歩いて行かれた

これで3人になりました

ὁμιλέω オミレオー 『共に居る、交わる』話しかける 語る 語り合う
συνζητεῖν  シュゼーテオー 『一緒に探索する(調べる)』議論する

「共に」がキー

議論白熱の最中にイエスも参加

συμπορεύομαι シュンポルエウオマイ 一緒に行く

ここもシュンですね


24:16 口語訳
しかし、彼らの目がさえぎられて、イエスを認めることができなかった。

ἐπιγιγνώσκω エピギノスコー それと知る 認める 承認する

ここは面白いところですね

復活という事実があっても、認識は別物

ついつい話の成り行きに引き込まれてしまいます
物語性がルカらしくていいですね

一緒に歩いている感覚ですよね

24:17
イエスは彼らに言われた、
「歩きながら互に語り合っているその話は、なんのことなのか」。
彼らは悲しそうな顔をして立ちどまった。

σκυθρωπός スキュスローポス 暗い(不機嫌な・陰鬱な・悲しげな)


婦人たちの報告を聴いても馬鹿げていると感じた
あの弟子たちの反応を引きずってますね


議論してても、どうも建設的な議論ではなかったようです
客観的にみると、なんだかスピリチュアルな風景ですね(笑)


さきを急がないで、ここまでにして・・・

悲しそうな顔からの連想で
音楽はグールドのバッハ

BWV 974 Adagio

こういう沈潜する時っていいですよね
グールドのタッチは孤独でありながら
寄り添ってくれますね

























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by yokohama-izumi-lc | 2017-10-07 05:25 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)
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