原語から見える聖書のイメージ

ジョナサン・ノット指揮のマーラーとブルックナー東京交響楽団

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マーラー:交響曲 第10番 から アダージョ 
ブルックナー:交響曲 第9番 ニ短調 WAB109
サントリーホール

東京交響楽団を聴くのは初めてなのですが、
第一ヴァイオリンのコンマスの二人を中心にして、
ノットの指示なのでしょうか、非常に大胆でアグレッシブな
勢いが印象に残ってます

身振りが大きいのはよく見かけますが、今回は特にノットの
解釈に沿ってるように見受けました

ブルックナーの第九の第二楽章スケルツォ
バーバリスティクで、見ていてリンツの伝説でも聞こえてくるようでした

第一楽章のコーダ
ティンパニーの打ち込みが正確できれいにそろってました
見ていて綺麗だなと感じながら、オケ全体が強烈なサウンドを爆発
カタルシスを根底から支えてました

第三楽章も、天国的宗教的な安住の地ではなく、
苦悩の浄化という視点からでしょうか、ノットはオケから全力を
絞り取るような力演

ホルンの不安定さが無ければブラボーでしたが、
サントリーホール凄い拍手とブラボーでした

マーラーの10番は曲想からいっても、とてもデリケートなので、
呻くようなヴィオラの響きが内奥から聞こえるようなコンサートの始まり方は、
プログラムのうえからもとても僕好み

末期の眼に見える自然の美しさのようにヴァイオリンを始め弦楽器群の
響きが良いですね

木管も愛らしい旋律を奏で死の舞踏に花を添えて、痛みがよけいに
沁みました

アダージョが沈黙に静まり返り、とぎれとぎれになり、
見てはいけないもの、思い出してはいけないものにどうしても
立ち返らなければならないときのパニック的なトラウマのように聴こえる
不協和音の渦に巻き込まれました

トランペットのA音をいたずらに強調させないで、
ノットは慰撫するようなクライマックス
そっと曲を閉じてくれてとても感動しました

ふと5番のアダージェットを思い出してたのですが、
アルマとの愛をテーマにした陶酔的な弦楽器のクライマックス

こちらは、ミューズであるアルマがグロピウスのもとに離れて行った
辛い時期

そういう個人的な愛の亀裂の音楽を超えてユダヤ人であるマーラーを
取り巻く環境が反ユダヤに激しく傾斜していく時代を予感させているなと
そういう風に聞いてました

ウィーンのオペラ監督を辞任する経過にもそうい背景は当然あるでしょうね
監督になるためにカトリックになったくらいですから・・

そのマーラー
ウィーンでの最後の定期演奏会ではたしかブルックナーの5番
を指揮したような記憶があります

マーラーとブルックナーのプログラムを聴いていろいろと刺激になりました

・・・・

開演が6時だと助かります
雨にも降られずラッキーでした

とはいえ
シリア情勢や、国会前のデモ、地震など一気に不安要素が高まってますね

マーラーの10番アダージョ的な気分です









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by yokohama-izumi-lc | 2018-04-15 07:16 | 美術・コンサート・映画 | Trackback | Comments(0)
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