原語から見える聖書のイメージ

<   2018年 02月 ( 18 )   > この月の画像一覧

パソコン修理に出しました。

パソコンの電源が入らず修理に出しました。その間、ノートに書くことを思いつきました。アナログって良いですね。漢字を忘れがちだったので、ちょうど良い機会です。アルファベットのζやξやσ、δなど綺麗に書くのは楽しいですね。br>

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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-19 04:18 | Trackback | Comments(0)

中丸まどか無伴奏ヴァイオリンコンサート すみだトリフォニー小ホール



たまたま見つけたコンサートでしたが、偶然が重なり
楽しいコンサートとなりました

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アンケートが配布されてたので、コンサートが始まる前から
バロックヴァイオリンの思い出などを書いてました

そしたらなんと、会場にジギスヴァルト・クイケン夫妻が来られてました
そして鈴木雅明さんのバッハ・コレギウム・ジャパンのコンサート・ミストレス
若松夏美さんも紹介されてました

マタイを聞いた時に彼女の印象が鮮明でした

これすべて中丸さんが、会場を見まわしてアットホームな感じで
ご紹介されてくれたのですが、そのトークがこれまた心地よく、
アイスブレークになりました。

本人にとっても緊張をいい意味で解きほぐす準備運動ではなかったかと
あとで思いました

クイケンさんは、神奈川県立音楽堂でヴィヴァルディの四季を聴きました。
オリジナル楽器や古楽のチューニングって独特で和むんですよね
購入した四季にサインをしてもらったのを大切にしています

そのご本人のなんと誕生日

中丸まどかさん、普通はしないことをするのはいいんじゃないですか、
という流れで、会場の皆さんでハッピーバースデーのお祝い

良い感じでコンサートが始まりました

何も知りませんでしたが、もうバリバリのプロフィール

曲目の解説、紹介に心がこもっていて、
なんとしても世に生み出したいという気持ちが伝わります

ヴェストホフなど、300年の眠りから見出された作曲家
貴重な音楽体験でした

W・ドゥコーニングという同年代の演奏家・作曲家による
オルガン曲を無伴奏に編曲したブクステフーデもとても良かったです
シャコンヌへの準備になりますね


W・ドゥコーニングが中丸さんに献呈した
コラール・パルティータ「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」
も無伴奏ならではの特徴を生かした作品でした
献呈されると嬉しいものでしょうね

それからステージ衣装のご紹介がリクエストされてお話されてましたが
これが驚き

中丸まどかさんは茅ケ崎在住なのですが、山田耕作も茅ケ崎に
住んでたんですね
調べたら赤とんぼ、ここで生まれたそうです

その山田耕作が締めていた帯を衣装にしたてたものでした
前半はその赤とんぼが薄い夕焼けに染まるような淡い色彩
後半はシックな濃いグレー

その無伴奏バイオリンのためのパルティータ第2番
前から3列目で聴いていたのでよく響くこと・・
彼女の弾き方はとても丁寧
決して急ぎませんね

それが良いと思います
ロマンティックな激しい感情表現になれてるので、
あのシャコンヌのテーマがこんなにもナイーヴで
でも、生まれいずる悩みのように、縦と横が呼応しあって、
弦が響き合います

なんという奏法なのか知りませんがアルペジョのように
弓を上下に振りながらクレッシェンドするところ
もう、たまりませんね

この楽章に入るときに一息いれて集中した表情が忘れられません

アンコールも含めて、小ホールを無伴奏ヴァイオリンの
プレゼント箱にした中丸まどかさんの熱演に拍手です











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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-17 08:20 | 美術・コンサート・映画 | Trackback | Comments(0)

ストラヴィンスキー 火の鳥 使徒9章12節~13節

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ミカンとバナナ、どっちが好き?

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答えはバナナでした

さて

今日のパラグラフは「サウロの回心」
使徒の行動9章12節から適当な段落までの雑感です

「真っすぐ」とか「直線通り」なんて、意味深な名前の通りですね

9:12 口語訳
彼はアナニヤという人がはいってきて、手を自分の上において
再び見えるようにしてくれるのを、で見たのである」。

καὶ εἶδεν ἄνδρα [ἐν ὁράματι] ἁνανίαν ὀνόματι εἰσελθόντα
καὶ ἐπιθέντα αὐτῶ [τὰς] χεῖρας ὅπως ἀναβλέψῃ.

岩隈対訳の注では12節のない写本があるそうです
主の命令を幻に置き換えるところがユニークです

ἀναβλέπω アナブレポー 視力を回復する 仰ぎ見る


9:13
アナニヤは答えた、「主よ、あの人がエルサレムで、
どんなにひどい事をあなたの聖徒たちにしたかについては、
多くの人たちから聞いています。

ἀπεκρίθη δὲ ἁνανίας, κύριε, ἤκουσα ἀπὸ πολλῶν περὶ τοῦ ἀνδρὸς τούτου,
ὅσα κακὰ τοῖς ἁγίοις σου ἐποίησεν ἐν ἰερουσαλήμ·

κακός カコス 悪い 邪悪な

アナニヤの証言は重要ですね
12節がある意味がここで分かる気がします

主から言われないかぎり、絶対に許せないだろうと思います
それが普通なので、アナニアの心を開き、
それからサウロの目を見えるようにする

そういう手順が必要だったんですね

ここまでにします
音楽は・・

κακός カコス 悪い 邪悪な
のイメージと連想から

ストラヴィンスキー
火の鳥から

カスチェイ一党の凶悪な踊り

Stravinsky. Infernal Dance

バーバリスティクな野生が新鮮ですね








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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-16 04:49 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第15番 使徒9章10節~11節

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近くの公園の池
水面近くに這うように伸びる樹があるんです

これが鯉には絶好の屋根
手をたたくと顔を出しますが、寒いんでしょうね
じっと動かないようにしてました

さて

今日のパラグラフは「サウロの回心」
10節から適当な段落までの雑感です

後で気が付けば三日間
何も見えず
飲食を忘れて呆然・・

9:10
て、ダマスコにアナニヤというひとりの弟子がいた。
この人に主が幻の中に現れて、「アナニヤよ」とお呼びになった。
彼は「主よ、わたしでございます」と答えた。

ἦν δέ τις μαθητὴς ἐν δαμασκῶ ὀνόματι ἁνανίας,
καὶ εἶπεν πρὸς αὐτὸν ἐν ὁράματι ὁ κύριος, ἁνανία.
ὁ δὲ εἶπεν, ἰδοὺ ἐγώ, κύριε.

ὅραμα オラマ 光景 異象 幻

ここ、ダマスコがどういうところか見てみたいものです
今読んでるパウロの旅はアンテオケからトルコが中心なので
姉妹編のヨルダン・シリアの旅にダマスコが出てくると思います

ここの幻は夢の中ではなさそうですね
日ごろから、アナニアと主は親密だったことをうかがわせます

どういう人なのか興味ありますね


9:11
そこで主が彼に言われた、「立って、『真すぐ』という名の路地に行き、
ダの家でサウロというタルソ人を尋ねなさい。彼はいま祈っている。

ὁ δὲ κύριος πρὸς αὐτόν, ἀναστὰς πορεύθητι ἐπὶ τὴν ῥύμην τὴν καλουμένην
εὐθεῖαν καὶ ζήτησον ἐν οἰκίᾳ ἰούδα σαῦλον ὀνόματι ταρσέα·
ἰδοὺ γὰρ προσεύχεται,


トルコ・ギリシャの旅に紹介されてるタルソですが
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シリアのアンテオケの向かい側
海岸に近いですね
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市内の様子です

タルソ人サウロの生まれ故郷に触れてから

さて、ダマスコのある路地

ῥύμη ルメー 狭い通り 街路
辞書には、(実は立派な大通りという)
と面白いことが書いてあります

ダマスコの街を知ることが大切ですね

εὐθύς エユシュス 真っすぐな 
新共同訳では「直線通り」

とすると、辞書にあるようなイメージがします


προσεύχομαι  プロスエウコマイ 祈る 祈願する

おそらくあの「声の主」主イエスですよね
それを聞かれて、助け手が必要になったんですね

ここまでにして
音楽は・・

προσεύχομαι  プロスエウコマイ 祈る 祈願する
のイメージと連想から

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番

wikiより

リディア旋法による、病より癒えたる者の神への聖なる感謝の歌」と題された、最も長い楽章。全体のクライマックスに位置している。
ゆっくりとしたヘ調の教会旋法による部分と、
より速めの「新しい力を得た"Neue Kraft fühlend"ニ長調
の部分の交替で構成される。
この楽章は、ベートーヴェンが恐れていた重病から快復した
後に作曲されたため、上記のような題名が付された」

その第三楽章を














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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-15 04:44 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

フルトヴェングラーの第九 使徒9章7節~9節

白梅が咲きだしましたが
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紅梅のほうが、先なんですね
いままで同時かと思ってました

場所によっても違うとは思いますが、
微妙な時間差がとても面白いです

さて

今日のパラグラフは「サウロの回心」
7節から適当な段落までの雑感です


強烈なスポットライトを浴び、はっきりとした言葉と指令を聴いた
その方は、なんと迫害をしているイエスであった

本人の幻想かとおもいきや・・・


9:7口語訳
ウロの同行者たちは物も言えずに立っていて、
声だけは聞えたが、だれも見えなかった。

οἱ δὲ ἄνδρες οἱ συνοδεύοντες αὐτῶ εἱστήκεισαν ἐνεοί,
ἀκούοντες μὲν τῆς φωνῆς μηδένα δὲ θεωροῦντες.

συνοδεύω シュノデウオー 一緒に旅行する
ἐνεός エネオス 無言の 唖然としている

大祭司は供の者をつけたのか、
サウロの賛同者が俺も俺もとついてきたのか、
下手人は大勢必要ですよね

でも、彼等には同じことが起こらなかった!
声とありますが、言葉だったのでしょうか・・

言葉だったとしても、「声」としか理解ができない状況かと思います
サウロだけに選ばれた特殊な事件でしょうね


9:8
サウロは地から起き上がって目を開いてみたが、何も見えなかった。
そこで人々は、彼の手を引いてダマスコへ連れて行った。

ἠγέρθη δὲ σαῦλος ἀπὸ τῆς γῆς, ἀνεῳγμένων δὲ τῶν ὀφθαλμῶν αὐτοῦ
οὐδὲν ἔβλεπεν· χειραγωγοῦντες δὲ αὐτὸν εἰσήγαγον εἰς δαμασκόν.

βλέπω ブレポー 見る 眺める
χειραγωγέω ケイラゴーゲオー 手をとって導く 手を引く

勇んでダマスコに入る予定が、
まさか、手を引かれてとは。

目が見えず、心中、大混乱だったでしょうね

ダマスコにもサウロがやって来ることは知られてたでしょうから、
不安と恐怖でおびえていたかと思いますが、

お互いの出会いがとても面白いです


9:9
彼は三日間、目が見えず、
また食べることも飲むこともしなかった。

καὶ ἦν ἡμέρας τρεῖς μὴ βλέπων,
καὶ οὐκ ἔφαγεν οὐδὲ ἔπιεν.

ἐσθίω エスティオー 食べる 食事をする
πίνω ピノー 飲む 

例によって三日間というのが象徴的ですね
その間、サウロにとってはいつまで続くのか分からなかったでしょうし、

黄泉の世界にでも降りた心地ではなかったかと・・
または、天上のイエスと会話をしていたのか??

いずれにしても
パンとワインの意味も感じられますね

ここまでにして
音楽は・・

χειραγωγέω ケイラゴーゲオー 手をとって導く 手を引く
からのイメージと連想から


wikiより

ベートーヴェン自身は初演は失敗だったと思い、演奏後も聴衆の方を向くことができず、また拍手も聞こえなかったため、聴衆の喝采に気がつかなかった。
見かねたアルト歌手のカロリーネ・ウンガーがベートーヴェンの手を取って聴衆の方を向かせ、はじめて拍手を見ることができた、という逸話がある。
観衆が熱狂し、アンコールでは2度も第2楽章が演奏され、
3度目のアンコールを行おうとして兵に止められたという話まで残っている。


この前のフルトヴェングラーのエロイカに圧倒されてます
またフルトヴェングラーで
Beethoven - Symphony No.9 - Furtwängler, WPO (live 1953)










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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-14 05:54 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

フルトヴェングラー指揮 英雄 使徒9章5節~6節

ダンケルクを見てきました
IMAXの大スクリーンと音響は凄いですね
圧倒されました
クリストファー・ノーラン監督の意図が
とてもよく伝わり、戦場にいるような臨場感で
最後まで緊張してみることができました

さて

今日のパラグラフは「サウロの回心」
5節から適当な段落までの雑感です

光が巡り照らして地に倒れただけでも衝撃ですが・・


9:5口語訳
そこで彼は「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねた。
すると答があった、
「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。

εἶπεν δέ, τίς εἶ, κύριε;
ὁ δέ, ἐγώ εἰμι ἰησοῦς ὃν σὺ διώκεις·

κύριος 主 キュリオスの呼格 キュリエ あのキリエですね

ここでエゴー エイミが出てくると、
テトラグラマトンYHWHを連想しますね

素直に、
「あなたが迫害しているイエスとはこの私なのだ」
と直訳してみたいと思います

とすると、いままでサウロが理解していたあのイエスとは、
違うのだというのが見えて来るようです


9:6
さあ立って、町にはいって行きなさい。
そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう」。

ἀλλὰ ἀνάστηθι καὶ εἴσελθε εἰς τὴν πόλιν,
καὶ λαληθήσεταί σοι ὅ τί σε δεῖ ποιεῖν.

5節といい6節といい、とても重要な言葉が
非常にシンプルなギリシャ語で書かれてますね

それだけに一語の重みが深いと思います

ἀλλά アッラ しかし むしろ かえって ところで
岩隈対訳でもこの語に注してますね

訳では「さあ立って・・」と口語訳と同じです

新共同訳は「起きて町に入れ」
これではアッラのニュアンスが感じられません

5節ですべてを語り終えた
事実を伝えたんでしょうね

もう次のアクションを促すためのアッラ

λαλέω ラレオー 話す 言う 告げ(知らせ)る
受動態未来3人称単数

起き上がること
町に行くこと
すべきことがあること
それが告げられるのを待つこと

きちんと手順をふんで言われると、理屈っぽいサウロにも
分かりやすい(笑)気がします

サウロだから、こういう言い方をしたんでしょうね

アッという間の出来事のように感じられますが、
この一瞬は永遠につながるフラッシュですよね

ここまでにして
音楽は・・・

ἐγώ εἰμι エゴー エイミ 私がそれである
のイメージと連想から



冒頭の和音打撃2回が、いかにもエゴー エイミ

それが誰であるかが聴きどころですね

wikiより
しかし実際は、ウィーン楽友協会に現存する浄書総譜には表紙を破り取った形跡は
なく、表紙に書かれた「ボナパルト」という題名とナポレオンへの献辞をペンで
かき消した上に「シンフォニア・エロイカ」と改題され、
「ある英雄の思い出のために」と書き加えられている。


とにかく好きな曲の一つです
どの演奏がいいかたくさんあるので悩みますね

ノリントンの古楽器系なども新鮮ですが、
ここは大御所にします

フルトヴェングラー
ベルリンフィルとの1952年ライヴ

気迫、霊感、怒涛のような流れ・・
神技ですね








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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-13 04:59 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

シェーンベルク ヤコブの梯子 使徒9章3節~4節

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去年のヒヨドリはバナナ好きでした
食べた後、枝で嘴をこすってネバネバを拭うしぐさが可愛かったです

今年のヒヨドリは食べ方が上手
特に口を汚すこともなく綺麗に食べてます

こうして観察してると、同じように見える鳥たちの個性が見えてきて
面白いです

春になると北帰行
どうのようにして、この場所を仲間に伝えてるのか
それもまた不思議です

さて

今日ののパラグラフは「サウロの回心」
3節から適当な段落までの雑感です

ダマスコ途上
1節の「殺害の息をはずませながら」
という表現が凄かったですね
サウロの性格がちらりと見えます

9:3口語訳
ところが、道を急いでダマスコの近くにきたとき、
突然、天から光がさして、彼をめぐり照した

ἐν δὲ τῶ πορεύεσθαι ἐγένετο αὐτὸν ἐγγίζειν τῇ δαμασκῶ,
ἐξαίφνης τε αὐτὸν περιήστραψεν φῶς ἐκ τοῦ οὐρανοῦ,

ἐξαίφνης エクスアイフネース 突然
περιαστράπτω ペリアストラプトー 周りに閃く 周りを照らす


ルターは雷
パウロは天からの光

時がまだ昼間なら、異様な感じですね

サウロが倒れるほどですから、雷に似たイメージがします
その意味で「突然」という状況に驚きが増幅されますね

9:4
彼は地に倒れたが、その時「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」
と呼びかける声を聞いた。

καὶ πεσὼν ἐπὶ τὴν γῆν ἤκουσεν φωνὴν λέγουσαν αὐτῶ,
σαοὺλ σαούλ, τί με διώκεις;

πίπτω ピプトー 落ちる 倒れる (死んで)倒れる
διώκω ディオーコー 追跡する 迫害する 

身の危険を感じて本能的に倒れたのか
そうではなくて、倒されたのか・・

両方でしょうね

有名な箇所ですが、とてもシンプルなので、事実は事実という状況が
明確に伝わりますね

ここまでにして

περιαστράπτω ペリアストラプトー 周りに閃く 周りを照らす

イメージと連想から

よく雲間から光が差す時、階段のように天につながっているように見えます
とても綺麗ですよね
光に照らされた海面がキラキラしてたりします


Die Jakobsleiter / Arnold Schoenberg


歌詞が見つからないのが残念なのですが、
構成のタイトルがサウロをめぐり照らした光の強さを連想させられます

  1. 「主よ、私の不遜をお許し下さい!」(修道士、ガブリエル)
  2. 「主よ、私は一生涯この時間を待っていました」(瀕死の男)
  3. 「お前が再び光に近づくのは」(ガブリエル、合唱)


シェーンベルクはユダヤ教徒としてとても真摯な神との対話をしてますね













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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-12 05:29 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

ブリューゲル展 東京都美術館

東京都美術館でブリューゲル展-画家一族150年の系譜を
見てきました

昨年でしたか、あの有名なバベルの塔をみましたが
俯瞰の構図、空の美しさ、細部の動的なダイナミクスなどが
とても印象に残りました

以前ヤン・ブリューゲルのイカロスの墜落も見たのを思い出しました
よく似てますが、親子、孫相互の深い結びつき、
影響関係などが今回よく整理されてました

副題にある通りですね
一族で一種の工房のような、日本でいう「流派」を形成するのは
珍しいんじゃないでしょうか

この展覧会に別の側面から興味がありました
18ページ
「1580年、スペイン王フェリペ二世がポルトガルを併合した時、
・・恐怖政治を恐れたポルトガルの新キリスト教徒たちは、自由な
海港、オランダのアムステルダムを目指した。
・・こうしてセファルディの居住区が発達していった。」

あのスピノザもその中で生まれたんですね

「またこのヨーデンブレー通りには、メナセ・ベン・イスラエルのような
高名なポルトガル系ユダヤ人思想家と親しくお付き合い、ユダヤ人の絵を
多数描いたレンブラントが住んでいたし・・・」

「さほど遠くないところにナチの迫害を逃れてきた
アンネ・フランクの隠れ家もあった」

こういう歴史的背景を知ると、たくさんの農民たちなどの表情・人相にも
関心が沸いてきました

展覧会の年表を見ながら、ネーデルラント、フランドルの歴史が
カトリックとプロテスタントの宗教と政治の動乱が背景になってますね
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ブリューゲル一族の描いた農民や花、冬景色、海港、古城、空、川など
身近な題材に、新しい時代の息遣いを感じました

もう空の色など印象派の前触れのようですし
繊細を極める樹木、枝ぶりの描き方など
コローの雰囲気を感じました

そして「世界景色」というんですか、
キャンバスを世界の箱庭のように俯瞰する
視点に創世記に根差す人と自然の在り方に対する
思想をそれとなく感じます

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おなじみ動画で絵を音楽と共に楽しむことができます
豚の胃袋でしょうか、面白い音がしますね

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チューリップや百合など、ブーケ風な生け方がリッチ

ヤン親子はルーベンスとも親しんですね
共作のコーナーなども珍しくてとても面白いと思いました

分業でありながら、お互いの良いところを認め合い、
仲良く制作する・・

特に素晴らしなと感じたのは
ヤン・ブリューゲル1世(?)
ルカス・ファン・ファルケンボルフ

こういう清々しい青を生み出せるアーティストたち・・

チューリップが鮮やかに映えるわけですね





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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-11 05:40 | 美術・コンサート・映画 | Trackback | Comments(0)

ヴォルフ 散歩 使徒9章1節~2節

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東京文化会館小ホールで弦楽アンサンブル
「KREIS」のコンサートを聴きました

ここの小ホールは見やすく聴きやすくアンサンブルを楽しむのに絶好ですね
マーラーのアダージェットはハープが入り、大ホールで聴くアダージェットとはことなり
ヴィオラの繊細な奏での導入が手に取るように伝わりました
あの陶酔的なヴァイオリンの恍惚感
アンサンブルの中に包まれるようでした

さて

9章に入りました
最初のパラグラフは「サウロの回心」
1節から適当な段落までの雑感です

ステファノの殉教から散らされた仲間の一人フィリッポスの活躍は
面白かったです
彼の遺志を継いだ気もします

かたや、そのステファノの殉教に立ち会っていた若者がサウロ
物語の語り口が巧いですね

9:1口語訳
さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅迫
殺害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、

ὁ δὲ σαῦλος, ἔτι ἐμπνέων ἀπειλῆς καὶ φόνου εἰς τοὺς μαθητὰς τοῦ κυρίου,
προσελθὼν τῶ ἀρχιερεῖ

ἐμπνέω エムプネオー 呼吸する 荒い息をする 喘ぐ
ἀπειλή アペイレー おどし 恐喝 威嚇 
φονός フォノス 殺すこと 殺害 

ステファノを血祭りにあげた興奮でしょうか
正しいことをしているという正当化の完璧主義なのか
ここには彼の性格が感じられます

若気の至りでは済まされませんね

9:2
ダマスコ諸会堂あての添書を求めた。それは、
このの者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、
エルサレムにひっぱって来るためであった。

ᾐτήσατο παρ᾽ αὐτοῦ ἐπιστολὰς εἰς δαμασκὸν πρὸς τὰς συναγωγάς,
ὅπως ἐάν τινας εὕρῃ τῆς ὁδοῦ ὄντας, ἄνδρας τε καὶ γυναῖκας,
δεδεμένους ἀγάγῃ εἰς ἰερουσαλήμ

ἐπιστολή エピストレー 手紙 書簡 
δαμασκός ダマスコス (シリアの古い都市、新約時代にはローマのシリア州に属す。ユダヤ人が多くいた

場所を確認したいと思います
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スリアにダマスコとありますね
ユダヤ教のシナゴーグは寛容だそうですね
いろいろな考え方の人を受け入れる度量があったそうですが、
そこを狙うところがサウロの怖いところ

δέω デオー 括る ゆわえる 鎖につなぐ 縛る

ὁδός ホドス 道 行き方 行為 主義


ガマリエル門下生として、正統派ユダヤ教の律法一点1画までキチンとしないと、
気が済まないという正義感からでしょうか

大祭司からすれば、こういう若手は実に利用価値がありますね
委任状を受け取って代理人の墨付き

たるんだユダヤ教に喝を入れるんだという気概からでしょうね

ここまでにして
音楽は・・・

ὁδός ホドス 道 行き方 行為 主義
イエス信仰が道と呼ばれてたのが面白いですね

そんなイメージと連想から

歌詞が
楽園を追われなかったらこのように戸外を散歩する楽しみもなかった、
と呼びかけ、一体律法学者の言うほどアダムは悪いのか?
と権威的な学者をからかうような歌詞の曲である。

散歩はいいんですが「道」を誤ると迷いますよね(笑)


Hermann Prey; "Fussreise"; Mörike-Lieder; Hugo Wol








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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-10 06:53 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)

フォーレ Après un Rêve 使徒8章39節~40節

東京は、なかね橋からの川沿いの桜並木は見事なのですが
もちろんまだ蕾は小さいはず・・
ところが1本だけ、蕾がとても大きくてびっくり
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樹に「河津桜」と札がかかってました
ソメイヨシノはまだまだ
商店街のあちこちに雪が残ってるくらいです

桜の開花予想は平年並みとラジオで言ってましたが
とてもそうは思えない寒さです

さて

今日のパラグラフは「フィリポとエチオピアの高官」
使徒の行動8章39節から適当な段落までの雑感です

8章の最後にたどり着きました
砂埃のなか、喉も渇いてるし
霊的にも渇いてたんですね

ちょうどオアシス
ふたりとも潜りました

8:39口語訳
ふたりが水から上がると、主の霊がピリポをさらって行ったので、
宦官はもう彼を見ることができなかった。
宦官はよろこびながら旅をつづけた

ὅτε δὲ ἀνέβησαν ἐκ τοῦ ὕδατος, πνεῦμα κυρίου ἥρπασεν τὸν φίλιππον,
καὶ οὐκ εἶδεν αὐτὸν οὐκέτι ὁ εὐνοῦχος·
ἐπορεύετο γὰρ τὴν ὁδὸν αὐτοῦ χαίρων

ἁρπάζω ハルパゾー 引ったくる 奪いとる 運び去る 移す
πορεύω ポルエウオー 行く 旅行する 歩む 生活する
χαίρω カイロー 喜ぶ 喜んで

潜って、フィリッポスから洗礼を受けたエチオピアの高官
オアシスだから(僕の想像)、周りには物珍しそうにたくさんの旅行者
がいたでしょうね
拍手して、お祝いをした人もいたと思います

喜びの中、ふと見まわすとフィリッポスが見当たらない・・
周りの人に聞いても、だれも気が付かない

夢か、幻か
いや、間違いなく洗礼を受けた事実は残った

とすれば、道中、彼から知った「聖霊」の働き以外の何物でもない
サマリアからガザまで行くように「聖霊」に言われたとフィリッポスは言っていた

また、その聖霊から言われたんだろう

私も、この旅を続けて国に帰り、このことを報告しなければ・・

こんな感じでしょうか?

8:40
その後、ピリポはアゾトに姿をあらわして、町々をめぐり歩き
いたるところで福音を宣べ伝えて、ついにカイザリヤに着いた。

φίλιππος δὲ εὑρέθη εἰς ἄζωτον, καὶ διερχόμενος εὐηγγελίζετο τὰς πόλεις πάσας
ἕως τοῦ ἐλθεῖν αὐτὸν εἰς καισάρειαν.

εὑρίσκω ヘウリスコー 見出す 出会う 現れる 知られる 判明する
διέρχομαι ディエルコマイ 通過する 遍歴する 行き着く
ἄζωτος アゾートス 昔ペリシテ人の五都市の一つだったアシドトのギリシャ名

あのガザも五都市でしたね

地図で確認しないとすぐ場所が分からなくなります

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ペリシテの平野にガザと並んでますね

も一つの町カイサリアは有名ですが
καισάρεια カイサレイア
パレスチナの海岸町 ユダヤの太守の駐在地

なるほど、ガザからアゾト、カイザリアと綺麗に並んでます
地中海に面して交易の中心地でもあるでしょうね
ローマとの関係でも役所があるわけです

聖霊はまたもとの場所にフィリッポスを戻してくれました

8章が終りました

ここまでにして

音楽は・・
ἁρπάζω ハルパゾー 引ったくる 奪いとる 運び去る 移す

水から上がるといない!
何か夢幻的なイメージがします

Après un Rêve - Fauré

Janine Jansen, Itamar Golan


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by yokohama-izumi-lc | 2018-02-09 05:41 | 聖書を原語で考える | Trackback | Comments(0)



原語から見えて来る聖書のあれこれ素人雑感・・
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