原語から見える聖書のイメージ

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中園孔二展 横須賀美術館

ふと目に留まったポスターの名前も知らない画家

通り過ぎるところでしたが、なんとなく気がついた生年と没年が妙に気になりました
夭折の画家だからというわけではなくて・・・

第2期所蔵品展
特集:中園孔二展 外縁-見てみたかった景色
常設の所蔵展は9月で終わりましたが、あれから画集を見るにつけ
引き込まれていくものがあります
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最初に見たときには水沢勉さんが書かれてるように
児童画系、素朴画系とカテゴライズする見方でしかわかりませんでした

彼の言葉や、発想などそういうことをヒントにしてみていくと
「見たかった景色」の奥行きが少し垣間見えてくるような気がしてきました

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画集の桑原淳さんの彼との日常を語った寄稿「桃と涎」が特に興味深かったです
彼の絵の本質的なところを妙に解説することなく、その自然な表情から
なんとなく彼の絵がにじみ出てくるところが好きです

「彼は人が何かに魅入られている状況に興味があり
映画鑑賞に関しては、大勢の人が長い間同じ方向を向いているのがイイ、と
言っていた。そんなのあまり無い、と。」

「...3時を過ぎる頃になると食事をしながら寝てしまう子供のように
彼はユラユラと舟を漕ぎながら指を紙に走らせて、
眠りと描きの間を行ったり来たりしていた。
それは宛らディスクライトのマゼンタの薄闇の中で、
不安定な存在が浮き沈みしている様にも視えた。」

その少し前にこんな記述があります
「・・その夜は、0時をまわっても長い散歩には出かけずに...」

この深夜という額縁がとても重要なようですね

同じく寄稿してる芸大時代の先生oJunさんが
「灯火一つない闇の山中を彼が一心にあるいている姿を想像して不思議な男だな
と思った。独りであること、あるいは独りになることが彼には絶対に必要で
、そこから彼が絵を描く場所までは程近い。」

でも中園自身が語っているように、彼は描かれているものの外縁にこそ
描きたいものが視えてきて、それをキャッチしたくて憑りつかれたようになっている
映画館の独りなのかもしれいなと感じつつあります

1989年神奈川生まれ
2015年7月、
香川県高松沖で行方不明、岡山で発見

この動画は2回目の小山登美夫ギャラリーのときなので2014年
亡くなる1年前・・
貴重なヒントがたくさんあります



何が描かれているかはそれほど問題ではない・・
風景は一つ

画集の彼の言葉から

「・・絵を描く時には、その絵に置き換えるべき大きな流れのようなものが
私の外にあって、それを見つけるときができたとき、その流れを、手を動かしながら
見失わないように・・・・」

こういう純粋さがいいなと思いました

展示から
目が面白いですね
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こちらがポスターの絵
これだけが絵葉書になってました

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抽象でも具象でもでもない・・
外縁の世界に誘われる絵

とはいえ賑やかさもたっぷりなところが魅力的
音楽も作曲していたというのも頷ける色彩感覚

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海を望む美術館からみえる風景もいつもとちがってくるような気がしました

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by yokohama-izumi-lc | 2018-10-27 10:40 | 美術・コンサート・映画 | Trackback | Comments(0)



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